なぜクラシックコンサートは眠いのか。ぱっと思いつく限り書き出してみよう。
1、曲がゆったりである。
2、席がゆったりである。
3、こむつかしい
※ちなみに、1と2の理由で、私は矢野顕子のリサイタルで寝たことがある。
でもでも、最大の要因って、私が思うに
予習不足
だと思うんだよな。
私は、ライブやフェスに行って知らないアーティストの音楽をよく聴くから思うけど、どういう音楽かよくわかんない状態でいくライブって、基本、めちゃめちゃいいアクトをしない限り面白くないもん。うるさい音楽だと寝れなかったり、周囲が全員立ってると、仕方なく立つ、という状況におちいる、またはその場を去る。
ほら、過去記事で書いたような、レディオヘッドとか。
あれはワタシ予習なしですよ。それでもいいと思ったもん。
よっぽどめちゃめちゃいいアクトだったから起きてられたんだよ。
初フェス参戦の最後の最後で、正直死ぬほど眠かったもん。
だけど起きて聴かねばならぬと思ったよ。
そういうことなんだと思う。
同様に、クラシックのコンサートも、知ってる曲じゃなきゃ、相当キツイでしょ。
ゆったりシートにゆったり曲が基本なんですし。
普通に考えて、寝る。私は寝る。
大物のコンサートには行ったことないし。1万も2万も出して、それなりに思い入れのある楽団や指揮者、作曲家のコンサートだったらそんなに寝ないんじゃないだろうか。どうだろうか?
まぁね、去年行った第九だけど、私は第九のアルバムを持ってて、いくつかすごく好きなフレーズがあるので、そこでは絶対起きてたけど、それ以外のゆったりゆったり曲が流れていくとこは、寝た。席もゆったりしてて気持ちいいし。
私は別にそれでいいと思うんだよな。
だって、ゆったり聴いてくださいねって、座りやすいシートを用意してコンサートってやるんだもん。
ノリノリで聴いてもらいたければ、クラシックであろうともスタンディングでやりゃいいじゃんと思うわけで。
…いや、もちろんオールスタンディングのクラシックコンサートがあったらある意味もの凄く興味あるな。
で、ここで問題なのは
クラシックとヒトクチで言っても、作曲家や曲、種類が多すぎるってことだ。
予習しようがない、ということが多かれ少なかれ発生する。
よって寝る人が現れやすい。違うかな…?
ちなみに今度行く国立音大の定演だが、全くの無予習だ。
ちなみにラインナップは以下の通り。ワタシはクラシックはあんまり詳しくないので以下の曲がメジャーなのかそうでないかも全く判別がつかない。
A.ドヴォルザーク/序曲「謝肉祭」作品92
A.ドヴォルザーク/チェロ協奏曲 ロ短調 作品104
J.ブラームス/交響曲第4番 ホ短調 作品98
有名なん?全部わからん。
ただ、ドヴォルザークもブラームスも嫌いじゃないので、まぁ大丈夫”だろう”といういい加減な気持ちである。国立音大のオケの方々には申し訳ないが。CDよりも生の臨場感が好きなので、同じ値段払うならコンサート行くのが私なのですわ。(A席1500円也)
特にクラシックをよく聴く人にお尋ねしてみたい。
私はあくまで雑食系、生音ずきなので、そういう風に捉えている。
だから、クラシックコンサートが眠いのではなく、興味のない曲、予習していない曲、好きではない曲をゆったりしたシートでゆったり聴くから寝てしまう。
私なりの、「なぜクラシックコンサートは眠いのか」はこれが答えだ。
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